熱田千華子作品集
時事通信社 世界週報 2004年6月1日号
第75回:Eフィクション
 
"So I did what you asked, Chikako."
「チカコ、あなたが言う通りにしたわ」


最近、やたらとキャロラインという女性からEメールが届く。きょう来たメールのタイトルはYour will is my command, Chikako. 「チカコ、あなたの意思が私にとっては指令なんです」。何事かと思ってしまう。メールはこう始まる。

So I did what you asked, Chikako. I took your inaction on the 'You Decide' front as some kind of decision in itself. I didn't shoot him. I didn't sleep with him. And we didn't go to Paris. I just gave Simon a good thwacking with the pepperpot. 「チカコ、あなたが言う通りにしたわ。『あなたの決断』欄であなたが何も指示しなかった、それ自体を決断と判断したの。彼を撃たなかったし、寝もしなかった。一緒にパリにも行かなかった。サイモンはただコショウひきで殴りつけたわ」

キャロラインだの、このメールに出てくるサイモンなる人物に、私は合ったことすらない。ただ、どんな顔をしているかだけは知っている。オンラインキャロライン・ドットコムというフィクションの世界の登場人物なのだ。

同サイトのトップページには、キャロラインのアパートからライブ中継、という画像がある。サイトに行くたびに、キャロラインが料理をしていたり、女友達とアイスクリームを食べていたりする。その下にはWhat's on 「今起きていること」やYou Decide「あなたの決断」の欄がある。例えば、今、What's on欄には、Repeat after me...I must not open David's parcels without Sophie,,,, I must not open David's parcels without Sophie.... 「私の言うことを繰り返して。デービッドの荷物をソフィーがいない時に開けちゃ駄目…デビーッドの荷物をソフィーがいない時に開けちゃ駄目…。また、You DecideにはName the baby 「赤ちゃんの名前をつけて」とあり、Leslie 「レスリー」、Zeke「ゼック」、Magnus「マグナス」の3つから選べるようになっている

視聴者自身が主人公の世界に参加

何のことかさっぱり分からないだろうが、同サイトは続き物のテレビドラマをインターネット上で展開しているようなもの。キャロラインはロンドンに住む31歳の独身女性で、何か退屈な仕事をしていて、デービッドという恋人、ソフィーという親友、彼女に夢中のサイモンという友達がいる。デービッドは仕事で遠方に滞在中で、最近、彼が荷物を送ってきた上、電話でやたらと子供がほしいと話したばかり。上記はそれを受けてのキャロラインの独白だ。

テレビドラマと違い、キャロラインからほぼ毎日のようにメールが届く。それも、サイト上で私の性別、年齢などを登録しているので、それに合った内容のメールだ。さらに、サイト上から、キャロラインにプレゼントを贈ったり、着る服を指定したりもできる。私自身がキャロラインを中心にしたフィクションの世界に参加できる仕組みだ。インターネット上では様々な体験ができるが、こういった新しいフォーマットのフィクションも、その世界に入ることができれば楽しいものだ。個人的に、私はキャロラインを見ていてあまり親近感がわかないので、このサイトはあまり楽しめないのだが。

グレートアメリカンノベル・ドットコムも新しいタイプのフィクションの試みだ。同サイトではDENというフォーマットを紹介している。DENとはDigital Epistolary Novel「デジタル書簡体小説」を短縮したもの。

同サイトにあるDEN第1号の「Intimacies(親密さ)」をダウンロードした(無料)。DENを読むためのウィンドウが開く。まず著者であるエリック・ブラウン氏からのメッセージがあった。The DigitalEpistolary Novel (DEN) is a simulation of a series of emails, web pages, and Instant Massages (IMs) received at work. You will be transparent observer to a mis-sent email, romance, disaster, and resolution. 「デジタル書簡体小説(DEN)は、仕事場で受領されたEメール、ウェブページ、インスタントメッサエージのシミュレーションです。あなたは、間違って送られたEメール、ロマンス、惨劇、解決の透明な観察者となります」

Eメールでストーリーが展開

ウィンドウはDEN Messenger 「Eメール」、DEN Instant Messenger 「インスタントメッセージ」、DEN Pager 「ポケベル」、DEN Browser「ブラウザー」の4つに分かれていて、ウィンドウの情報に、1〜5週目のボタン、その下に月曜から金曜までのボタンが並ぶ。

1週目、月曜の各ボタンをクリックすると、この物語「Intimacies(親密さ)」 の始まりに来る。Eメールのセクションに5本のEメールが並ぶ。I Need it Now! 「今必要なんだ!」と題された1本目のメールをクリックすると、以下のメールが出てくる。Joe, I need those proofs of the new ads before my boss heads for the San Francisco conference. You promised it for two days ago! HELP! 「ジョー、僕のボスがサンフランシスコの会議に向かうまでに新しい広告の校正刷りが必要なんだ。2日前に送ると約束しただろ!ヘルプ!」

その次のメールはこのメールへの返信で、こう始まる。I'd love to help you out, but I think you mis-sent this email. We are a design shop, but I don't have your email or your name on record, which isn't to say you're not our biggest client and I just don't know it. 「ぜひ助けになりたいところですが、このメールは間違って送られたのではないですか。私たちはデザイン会社ですが、あなたのEメールアドレスや名前は記録にありません。もちろん、あなたが我々の最大のクライアントであり、私が知らないだけということもあり得ます」

この後、物語が展開していくのだが、ときにはブラウザーが使われたり、インスタントメッセージが使われたりする。物語の展開は秘密にしておくが、私はこれにはすっかりはまってしまった。私自身、会社の仕事のほとんどをEメールとインスタントメッセージで済ませるために、実にリアリティーがあるのだ。同サイトでは、DENフォーマットのフィクションを、読むだけでなく、自らかけるソフトを近く販売する予定のようだ。興味津々である。


(時事通信社 世界週報連載『熱田千華子のあめりかインターネット暮らし』より)