熱田千華子作品集
時事通信社 世界週報 2004年2月17日号
第68回:オープンソース
 
"People improve it, people adapt, people fix bugs."
「人々が改善し、採用し、バグを修正します」


先日日本に帰国したとき、コンピューター関連の仕事をしている義理の兄とよく話をした。兄は6、7台のパソコンを持っているが、すべてにリナックスのオペレーティングシステム(OS)を入れているとのこと。「オープンソースのソフトは、技術屋の僕には愛着がある」と言う。

オープンソースとは、ソフトのソースコードが公開されており、誰でもソフトの入手、改良、再配布を行える仕組みのこと。リナックスのOSはその好例だ。フィンランド・ヘルシンキ大の学生だった、リーナス・トーバルズ氏が1991年、趣味でつくったソフトをインターネット上で公開、自由な改良を求めたことに端を発して展開した。今はマイクロソフト社のウィンドウズを脅かすほどの存在になりつつある。

オープンソースで開発配布が進むソフトの権利を守る団体にOpen Source Initiative(オープンソースイニシアチブ)がある。この団体のサイトのトップページにはこうあった。The basic idea behind open source is very simple: When programmers can read, redistribute, and modify the source food for a piece of software, the software evolves. People improve it, people adapt it, people fix bugs. And this can happen at a speed that, if one is used to the slow page of conventional software development, seems astonishing. 「オープンソースの背後にある考え方は実に簡単です。プログラマーたちがあるソフトのコードを読み、再配布でき、変更することができれば、ソフトは進化します。人々が改善し、採用し、バグを修正します。従来のソフトウエア開発のスローなスピードに慣れた人たちは、オープンソースでのソフト開発のスピードに驚かされるでしょう」とある。

つまり、作り方を公開し人々が共同でつくり上げることで効率を高めようというのが、オープンソースの考え方だ。これが最近ソフトウエア開発だけでなく、いろいろな分野に広がりつつあると聞く。

献立募集し常にバージョンアップ

例えば、The Open Source Cookbook, Fuel for Geeks「オープンソースクックブック、オタクのための燃料」というサイト。マシュー・バーマーさんという音楽の教師が始めたプロジェクトだ。2002年夏に、料理が大好きなバーマーさんが料理の献立を集めたウェブサイトをつくり、さらに献立を募集していることをインターネット上の掲示板にお知らせした。I'll never forget what my email inbox looked like afterwards. My little student website at OU got bombarded (7,000 hits in about 2 days time) and I got about 250 emails within the space of a few days. Talk about a deluge. 「その後、僕のメールのインボックスがどんな状態になったかは忘れられません。オクラホマ大のサーバー置かれた僕の小さなウェブサイトにはアクセスが押し寄せ(2日間で7000)、数日で250ものメールを受け取りました。殺到というのはこのことですね」という人気ぶりだったそう。

バーマーさんは、こうして集まった献立をクックブックの体裁にして、サイト上でダウンロードできるようにした。しかし、これだけではオープンソースとは言えない。サイト上にはSubmission 「提出」リンクがあり、新しい献立、または既存の献立改良案をEメールすることができ、バーマーさんはそれらを集めてクックブックを新しいバージョンに更新し続けている。現在クックブックは0.4バージョンで、0.5バージョンのデモ版も提供されていた。0.4バージョンを読んでみたが、実に丁寧に作られていて見事。人気があるのが分かる。

読者による投稿、修正の強み

前々回に紹介した、ウィキペディア。読者からの投稿、編集だけで成立、成長しているこのサイトは、オープンソースの典型例と言っていい。同サイトと同じスタッフとソフト環境でつくられているサイトに、ディスインフォペディアという、これもオープンソースの面白いサイトがあった。サイトの説明にはこうある。Welcome to Disinfopedia, a collaborative project to produce a directory of public relations firms, think tanks, industry-funded organizations and industry-friendly experts that work to influence public opinion and public policy on behalf of corporations, governments and special interests. 「ディスインフォペディアにようこそ。このサイトは、大企業や政府、特殊利益団体に代わって世論、政策に影響を与えているPR会社、シンクタンク、業界が出資する組織、業界寄りの専門家らの一覧をつくる試みです」とある。情報源は読者で、投稿と修正、編集が自由にサイト上でできる。

例えばシンクタンクのリンクをクリック。ずらりと並ぶ組織名のリストの上に、シンクタンクがアメリカの世論形成に果たしてきた影響を説明した文章がある。The "think" tanks is a misnomer. They don't think; they justify. 「考える、を意味するシンクタンクというのは誤称だ。彼らは考えない。彼らは正当化するだけだ」とあるように、同サイトはリストに挙がる団体を、政治的傾向にかかわらず厳しく批判する。細かい情報を読んでいると、読者だけの手によってつくられていることに驚く。情報公開の分野でのインターネットの強さを感じさせられる。

また、オープンテキストブックプロジェクトという試みもある。教科書の無料ダウンロード、さらに読者による修正、更新、再配布をできるようにする試みだ。現在立ち上げ前で、お知らせのページにはこうあった。Not only are textbooks unavailable to a great number of students in the US and abroad simply due to cost, few textbooks are universally suitable for courses in any given subject and many are simply sub-standard. 「コストのために教科書を入手できない子供たちがアメリカ、海外に多いだけでなく、様々な分野の教科書の内容が不適当、またはお粗末なことが多いのです」とある。プロジェクトがオープンソースの動きに乗って、どこまで成長するか楽しみだ。


(時事通信社 世界週報連載『熱田千華子のあめりかインターネット暮らし』より)